常磐津和英太夫
常磐津和英太夫さん
「解説と実演で知る<日本舞踊と邦楽の世界> はじめての邦楽―江戸の響きを体感しよう!―」にご出演
本来のお稽古に近い形でのワークショップ体験
——東京都が主催するイベントは初めてご参加とのことですが。
学校や自治体のワークショップなど、指導する機会は多いですが、少人数のグループに分かれてのお稽古というのは初めての試みでした。いつもは舞台の上から観客全員に向かって、「さあ、みなさん、やってみましょう」と言って声を出していますが、今回の両国の江戸東京博物館では、ホールのロビーで希望者を2〜3名のグループにして、お稽古しました。いわば、本来の邦楽のお稽古により近づいた形でした。
——演目に「乗合船」を選ばれたのは?
「乗合船」は、常磐津本来の部分と三河万歳から取り入れた部分で構成され、とても楽しい曲です。常磐津のさまざまな要素が盛り込まれているので、初めての人でもやりやすい演目だと思います。声を大きく出すこと、息の使い方、発音などを勉強するのには一番いいかなと思いました。
——実際に、お稽古をしていかがでしたか?
初めてで難しいのだろうけれど、皆さん、だんだん慣れてきました。邦楽では、ふだんは対面でお稽古するので、コミュニケーションの取り方が濃密です。声を出すことの楽しさ、江戸時代と同じことをする楽しさを感じてもらえれば。常磐津に親しむきっかけになればと思います。
きっかけがあれば広がる邦楽の世界
——きっかけは大切ですね。
芝居が好きな人だと、歌舞伎のセリフと同じ語りを常磐津で体験できる。万人に受け入れられるとは思っておりませんが、役者の真似をして語れるのも魅力でしょう。常磐津をはじめ邦楽全般に言えることですが、機会さえあれば、もっと好きになってもらえるのではないかと思っています。いつの時代のどのような人にも受け入れられる可能性があると思っています。
——小さい子供でも大丈夫ですか?
逆に、子供のほうがいいですね。子供は言葉の意味を理解できなくても、言葉の音使いの面白さで楽しめる才能があります。例えば歌舞伎だったら「ヤットコトッチャ、ウントコナ」とか。大学生くらいになると、わからないことは面白くない、ストーリーが理解できないと興味を遮断してしまう。これは自分で自分をつまらなくしている。ある意味不幸だと思いますね。
お稽古でこそ培われる人間関係
——ただ実際のお稽古は大変なものですね。
正座は確かにキツイです。お稽古のときは辛いし、我慢するのもお稽古のうちという考えもできます。このようなお稽古方法は、礼儀作法など音楽を学ぶ以前のことを学ぶことがむしろ多いと思います。師匠と一対一で学ぶということは、技術だけを学ぶのではないのです。しかし現代では、一対一で学ぶ以外の方法も許容されるべきでしょう。カルチャーセンターなどで集団のお稽古もします。とりあえずそれは、入口を作る機会だと考えています。このイベントのように2〜3人だと、より普段のお稽古に近づき、本格的な稽古の疑似体験できたのではないかと思います。まずこういった機会を利用して、自分に何が向いているか、向いていないか、判断するのもいいでしょう。
——現代では動画投稿サイトによって、劇場へ行かずともさまざまな公演が見られるようになりましたが。
本来、歌舞伎や邦楽は劇場に行って楽しむべきものだと思います。ところが、パソコンが普及・発達したことで、劇場に行くというアクションを起こすことが少なくなっていますね。ニコニコ動画やYoutubeで簡単に見られます。大学生がレポ−トを書くのにも本当は会場へ足を運んでほしい、ちゃんと演奏を聴いてほしいのですが、残念ながら動画を見てすませてしまうだけの人も増えてきています。最近の学生は人づきあいが面倒らしく、人間関係が希薄です。だからこそ、いま「お稽古」のような関係性が大切で必要なのだと思います。
——先生と一対一のお稽古は緊張しそうです。
人間をさらけ出さないと、一対一のお稽古はできません。自分の限界まで声を出す。それは恥ずかしいことですが、できないからといって恥ずかしくはありません。できないからお稽古に通っているのですから。邦楽のお稽古は、譜面等にあまり頼らない肉体の伝承です。口伝で先生の真似をして学びます。先人の型を学ぶ古典芸能は、お稽古で空間を共有して学ばないとダメだと思います。
——今後、こういったワークショップでやってみたいことは?
今回のワークショップだと、時間が少し足りませんでした。次回、もし可能なら、一日中、グループ稽古をしてもいいとも思っています。そのくらいの時間をかければ、今回お稽古した「乗合船」の掛け合い万歳も歌えるようになりますよ。常磐津のほかに、清元、新内など、と選べるようにしておけるといいですね。
——本日は、ありがとうございました。